…とはいっても私のことではない(まあ、存在がヤクザみたいなものだというのは置いておいて)。
主にヤクザ関係のトピックを中心に執筆しているフリーライターの鈴木智彦氏が、自身の体験をもとに書いた本、「ヤクザときどきピアノ」を書店で見つけた。
確か千里中央の田村書店で見つけた記憶がある。
田村書店は個人的に応援したいので、できるだけ紙の本で買いたいものを見つけたら田村書店で買うようにしているのだ。
(実利的な理由としては、駐車サービス券がもらえるからというのもあるが、某ネット書店にばかり依存すると街の本屋さんが潰れてしまうから、という切実な問題への対処が大きい)
まだ読み進めている最中なので、最後どんなオチが待っているのかは分からないのだが、
子どものころからピアノに羨望のまなざしを向けていた鈴木氏、けれども一定の距離感をもったまま壮年になってしまった。
あるとき映画館で観ていたABBAのミュージカル映画になぜか感動し、「オレもこの曲が弾きたい!」と、「ABBAの『ダンシング・クィーン』を弾くことだけを目標にピアノ教室に弟子入り」-というのが大雑把なストーリー。
なるほど、中年男性がピアノを習いに行くというのはなかなか大変なことなんだな…
そもそも個人宅のレッスンでは「大人の男性お断り」というパターンもあるのか。。。
しかし、まず「センセイ(教室)探し」で難儀する中で出逢ったレイコ先生は、ある種運命だったのだろう。
「ダンシング・クィーンだけを弾きたい」というわがままかつハッキリしたリクエストに、「練習すれば必ず弾ける」と一刀両断に応える潔さ。また、途中で出てくるレッスン生に応じて声掛けの調子を変え、相手のモチベーションを維持向上させている、とか、これは本当に「教えることが上手い人」だなぁ、と、読んでいる途中いろいろと思うところがあった。
確かに、小さな子どもだったらまだバックグラウンドがそんなに違わないので、講師から半ば一方的に「これをやりなさい」の繰り返しで、積み上げていく部分も多いだろう。
しかし、大人になると、それまでの音楽歴、楽器歴に加え、そもそも練習がどれくらいできるのか、とか、そもそも何を目的としているのか、で、レッスンの内容も大きく変わる。
この鈴木氏の場合は、「ダンシング・クィーンだけを弾きたい」という非常に明確な目標をぶら下げて現れたわけだが、これを具現化する講師、レイコ先生の術とは如何なものだろうか…続きがとっても楽しみである。
そして、私の場合、『ダンシング・クィーン』に代わるものが『悲愴』by Beethovenだったりする。
